象と空

初雪よ抜き足差し足ゆきどまり

初雪よ抜き足差し足ゆきどまり

新年に入って二週間。
うっかりしていた。
今年、ここに一度も作品をアップしていなかった。

昨日から大寒波がやってくると大騒ぎ。
ところが大阪はいまのところ
雪が舞ったくらい。
晝はぽかぽかと日なったぼっこ日和なのだ。

と油断していると
抜き足差し足、雪がやってくるかもしれない。


鮫にひれしんにゅうよりはへんである

  鮫にひれしんにゅうよりはへんである

今年最終の作品がこれでいいかどうか・・?

作者としてはこの判りにくさ、
つまりすべてを読者の妄想に頼りきっているところを
とても気に入っている。

某句会に投句したときは
 鮫眠るしんにゅうよりはへんである

修正したために、説明的になったような気もする。

来る年はさらに読者の妄想を刺激する
作品が書けたらと思う。

今年はこれでちゃん!ちゃん!

毛馬橋の「け」が気にかかる毛糸玉

 毛馬橋の「け」が気にかかる毛糸玉

「毛馬橋」大阪の地名。
無名の地名に関心をもってもらう、
あるいは自分だけに意味ある地名を
なんとなく一般名詞化してしまおうという作戦の作品。

某句会に投句。
「」が必要か?という話題も。

蛇の道を探してポインセチアまで 

 蛇の道を探してポインセチアまで 

ツリーやイルミネーションが
街を飾っている。
そして、ポインセチアも。
邪念も増えてくる・・・。

某句会に投句した。

開戦という名の冬はキミのワナ

  開戦という名の冬はキミのワナ

 手を振ればすべては平和冬の海

 十二月八日の銃弾カリスマへ 

十二月八日が話題にならなくなった。
なので、俳句にすることにした。
「開戦」も「イマジン」も無縁の世の中か・・?

赤カブに犬躓いて陽は落ちる

赤カブに犬躓いて陽は落ちる

「赤カブや」なんだろうけれど
安易に「や」「かな」といった
旧来の切れ字を使わないようにしている。
「に」は説明的ではある。

このあたりが、いまの悩み。

反乱の晩秋伏見昼の月

反乱の晩秋伏見昼の月

冬眠の前の逡巡京うどん

昨日は某句会の吟行。
京都は絶好の小春日和。
観光客であまり混んでいない伏見の晩秋が楽しめました。

寺田屋横の川

寺田屋井戸

写真 上は十石船にも乗れる宇治川傍流脇の紅葉
    下は寺田屋に現存する井戸


北上せよ欲情させよぎんなんよ

北上せよ欲情させよぎんなんよ

「ぎんなん」の象徴性。
「yo」と「zyo」の韻。

凝ったわりには効果が疑問。
いま、「言葉の必然性」にこだわっている。

みのむしのみのにみちのみのみつけ

みのむしのみのにみちのみのみつけ

ひらがなで書くと単純な作品も
意味ありげに見える。

漢字交じりに書けば
(蓑虫の蓑に未知の蓑みつけ)

文字の印象で俳句は変わる、という役割を果たした作品。

某句会で無得点。(やっぱりな・・・)

座禅組む善男善女銀杏寺

座禅組む善男善女銀杏寺

安易と思いながらも・・・。

最近、ちゃんと俳句が書けないのであります。