象と空

春寒のここは御国のぬかるみの

春寒のここは御国のぬかるみの

2週間ぶりの投稿だ。
それも某句会へ投句した作品。

このところ何かと忙しい。
「出版プロデューサー」という肩書きは
伊達ではないのだ。

きむらけんじさんの句集
「あしたも世間はややこしい」は
いよいよ12日発売。

NPO法人「さらんネット」の
「京都嵯峨物語誕生」もほぼ同日発売。

そして、
自費出版ながら3月末(予定)、
句集デビューを飾る
80歳の新人の句集編集真っ最中。

さらに、2月から3月にかけて、
紙の本の電子書籍化を4本外注して・・。

新しい電子書籍企画の浮上していて
実に実に、めまぐるしいのであります。

他に、俳句のセミナーが
レギュラーで月3本。
主催の句会が1本。

時間はない、お金はない。
税金は払わないといけない。
なんとまあ、情けない日々。
ふとこの国を見回すと、残念!
情けない国の姿があるのであります。
中身は上げないとして
まさにぬかるみの中。
私とほぼ同じぬかるみ状態なのです。
そこで生まれた1句。
どうやろなあ!
(文章のおかしいところあったら
すんません。吟味推敲の暇がもったいないのであります。)

水仙花同い歳と聞く親近感

水仙花同い歳と聞く親近感

やや安易な取り合わせと思う。
そこで対句を。

黄水仙同い歳と聞く嫌悪感

二句でひとつ、だな。
「黄水仙」の方は悪意が見えていいのだけれど、
力はない。
「水仙」が難しいのかもしれない。

ぶらんこは往って戻って宙シドレ

ぶらんこは往って戻って宙シドレ

今回も「宙」(そら)。
凝っている?
言葉遊びなら、こうだろう!?

観覧車回って立春宙の中

  観覧車回って立春宙の中

立春は過ぎたのに
ますます?寒い感じ。
「立春」という言葉に裏切られた気分。
ウラのない素直な1句。
「宙」は「そら」と読んで欲しい。

空っ風嘘八百の帰るとこ

空っ風嘘八百の帰るとこ

某句会で投句。
小さな反応で、気持ち的には無残。

意識化には誓子のこの句があった。
海に出て 木枯らし帰る ところなし

「嘘八百」というか忖度だらけのこの国。
いずれそれは自身にUターンするに違いない、と信じ
生きていく庶民なのだ。

翌檜の森に梟帰ったか

   翌檜の森に梟帰ったか

某句会に投句。
筆者としては王道の作品。
内容的には少し若い?
年頭のためにそういう気分だったのだろう。

しんしんと若気の至り窓の雪

しんしんと若気の至り窓の雪

今朝は大阪でも雪がつもった。
一年一度はこんな寒さが来る。
あまり経験しないことなので
ついしみじみとしてしまう。
そんな気分を句にした。

一月のあなごの長さ犬の影 

  一月のあなごの長さ犬の影 

面白いと思っているけれど
受け入れられないよなあと思っている句。

「一月の」で切れるのか
「一月のあなご」なのか。
「あなご」は夏の季語だから・・・。
俳句のプロたちはきっと手強い。
でも、「あなごの長さ」から
冬の「犬の影」に展開するところが面白いでしょう!

大寒やたとえば鬼が寿司にぎる

  大寒やたとえば鬼が寿司にぎる

大寒である。
もう20年近く前の作品である。
この季節になると思い出す句である。
おこがましいが
代表句はと問われると
この句を口ずさんでしまうのである。
恥ずかしながら
この句を書くまで
<たいかん>と読んでいたのである。

この冬一番の寒波が来週やってくるらしい。

消しゴムの角消していく冬の芯

  消しゴムの角消していく冬の芯

日常から何となく角が消えていく。
どんどんどんどん角が消えていくと
何が残るのか。
そんなことをぼんやり考えた。
「ぼんやり」の句なのだ。