象と空

ろ~論理を飛び越えて

  掃除機は冬の青空飛んでいく

友人の家では我が家のコップが
花瓶として使われていることを知ってうれしくなった。
お皿をお皿とばかり思いこんでしまっていたら、
生活は四角四面になって楽しくない

俳句も同じ。
自由な発想が大事。
いつもの意味を飛び越えて、
あるいは、言葉の意味をもう一度とらえ直して、
言葉を自由自在に操っる。
言うは簡単。実際はなかなか草はいかないのだけれど。
でもいつもそう思ってないと
自由にはなれない。
そんな風につくられた俳句だから、
読む方も自由奔放に読んでいい。
つくった人の思いと意味が違っても気にしない。

掲出句。掃除機が冬の空を飛んいく。
理屈ではありえない風景。
でも、そんなことあってもいいと
ある日思ったりする。
理屈に合わないと
捨ててしまわないで
こんなシーンをイメージする心。
生活でも俳句でもそういう心が必要とおもうんだけれど。
そこに生活の可能性が広がる。
きっと新しい自分も発見できる。

い~色を描こう!色っぽく描こう!

今日から「俳句いろはに」と銘打って
俳句らの発想、俳句の発想のようなものを
書いていく(つもり)。
果たしてうまくいきますか?

まず「い」

  春の雨白い扉を開け放つ
この句のポイントは「春の雨」。
歳時記には「春の雨は小止みなくいつまでも降り続く」とされ、
「芽やつぼみを膨らませる希望感のある雨ともいわれ、少し優艶な感じも加わる」とある。
こんなルールや解釈が判らないと俳句の面白さを存分に味わえない。
そのルールブックみたいなものが「歳時記」。
話題を戻して、掲出句で悩むのが「白い扉」。
「希望感のある」という「春の雨」なので
「赤い扉」ではない。「青い扉」は?
「緑の扉」もいいかも。迷いながら「白い扉」とした。
   春の雨緑の扉町中に
  
  春の雨黄色の扉目印に


「色」からちょっと離れて「春の雨」をメインにすると
   春の雨女は扉を持っている
  
   春の雨女は扉二つ買う                  

「優艶」な感じになったかな?         
さらに
    春の雨女は扉を二つ持つ                 

広がるままに、どこまでもイメージを広げていく。
それが発想を豊かにし、俳句の楽しさを広げていく。