象と空

「切れ」(1)

俳句表現でいちばん大事なもの、
それが「切れ」だと思っている。

俳句を成立させるものとして
五七五だの季語だの
言う人が多いが、
それはいわば要件で
表現の、中身の担保にはならない。
「切れ」の使い方が俳句を左右する。
しばしば「切れ」を語ってみたい。

 数々の憎まれ口よ躑躅病む

この句の「よ」が「切れ」。
ここで前半の表現がいったん終わる。
「躑躅病む」は前半とは異なる世界を
描いている。
「憎まれ口」を吐いたのか、受けたのか
この表現では判らないが
とにかく、そんな私には「躑躅が病んでいる」ように見えた。

こうやって解釈をしていくと
この作品の優劣に気付く。
あきらかに「劣」だ。
「切れ」の「よ」で2つの世界を
包み込むつもりだったのに
零れ落としているものが大きい。

というように、
ゆとりがあれば、
時々、「切れ」を語りたい。

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