象と空

加藤郁乎論のようなもの

仁平勝の著書“加藤郁乎論」から引用する。
「加藤郁乎のようには誰も、五・七・五=十七音の定型とはそれ自体が詩を成立させる根拠などというところまで、俳句表現の本質を方法的に問いつめた俳人はいないのである。俳人にはせいぜい、五・七・五=十七音とは俳句にとって前提的な約束であるから守らなければならないと主張する“伝統派”と俳句とは短詩であることが本質であってことさら五・七・五にこだわる必要はないと主張する“前衛派”がいるだけだ」。
これが加藤郁乎を語るうえでの前提となると言うことから始めなければならない。
五七五はもちろんのこと、ひとつの「前提」であり、「季」や「切れ」等、俳句の前提すべてから自由になってはじめて、加藤郁乎の俳句が理解できるようになるということだ。
理解促進のために、誤解を受けることも厭わずあえて述べるならば、ワタシは加藤郁乎がいうところの“前衛派”に属する。“詩性”なるものを心がけ、新しい俳句をつくろうと考えている。残念ながら加藤郁乎のいうすべてから自由となり、俳句をつくりあげていくという立場にはげんざいのところはない。
それでは加藤郁乎の俳句の根拠とは何か。
   ふらここでのむあみだぶつはちにんこ
「はちにんこ」とはうしろから読むと「こんにちは」である。
「ふらここ」とは「ぶらんこ」のことであるが、「ふらここでのむ」というと、なぜだかブランコのイメージを失ってしまう。
もう一度、仁平さんの助けを借りる。
「のむ」とは古語の「なむ」から来ていて、「なむ」とせず「のむ」として、新しいイメージを広げてくれるところに「詩体験」があると解説している。
これを煎じ詰めれば加藤郁乎の俳句の根拠は「言葉遊び」なのだ。
俳人たちはこの「俳句は言葉遊び」という決めつけを長い間、問題外としてきた。ワタシも「言葉遊び」派であるが、それをひとたび口に出すと、ワタシの作品には見向きもされず、集中砲火を浴びたこともある。ところが近年「言葉遊び」説はかなり幅広く認められるようになったことを体験として感じる訳だが・・。
加藤郁乎の俳句の根拠は「言葉遊び」だけではもちろんない。

  とりめのぶうめらんこりい子供屋のコリドン
加藤郁乎の作品である。「ぶうめらん」「めらんこりい」が言葉として合体しているのが判る。いわゆる言葉遊びが効かせてある。さらに五七五の枠を飛び超えていることに気付く。
加藤郁乎は吉田一穂に師事し、西脇順一郎に傾倒した詩人である。その詩人が冒頭に引用したように「詩を成立させるために五七五を選んだ」としたなら、やがて五七五という形式を超えることは自明のことである。ここでは割愛するが、加藤郁乎はさらに「切れ」にも新しい価値を見出そうとしたのは当然である。

ところでここまで加藤郁乎がこれまでの俳句を“蹂躙”したにも関わらず俳句界からの反撃はほとんどなかった(ように思う)。加藤郁乎になにも手出しをできなかった俳人たち。
一方で、高柳重信が加藤郁乎を評価するや、三橋敏雄、永田耕衣などの長老的存在の俳人にも加藤郁乎は飛び火し、安井浩司、夏石番矢、仁平勝、澤好摩、摂津幸彦など若い世代に燎原のように広がっていったのである。
それは繰り返すが“前衛俳句”といった概念ではなく、俳句とは何かという根源的なものに迫るパワーであった。こういう現象を生み、俳句の“教科書的な価値”をひっくり返してしまいそうな根拠を築き上げた加藤郁乎。それをいまだに、一時的な“前衛”などという言葉で括ろうとする俳人たちの切なさはやがて糾弾されるに違いない。

加藤郁乎の“俳句”をもっと具体的に解説すべきところだが、今回は加藤郁乎がなぜ評価されたのかという点に絞って書いてみた。機会があれば、ワタシの力量をはるかに超える課題ではあるが、それにチャレンジしたいと思っている。
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