象と空

山梔子や口々に愚痴ペリカンは

 山梔子や口々に愚痴ペリカンは

言うまでもなく、
「口」にまつわる1句である。
昨日の句と同じ句会で投句した。
やりすぎかな?と発表を自粛していた。

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トラックに轢かれた柿の断末魔

 トラックに轢かれた柿の断末魔

某句会で投句。
できるだけわかりやすい作品を・・・。
国内のあちこちで断末魔の叫び。
象徴詩である。

鶴が来る鸚鵡返しの恩返し

鶴が来る鸚鵡返しの恩返し

作意を強くすると
具だくさんになってくる。

「鶴の恩返し」と「鸚鵡返し」の恩返し。
鶴と鸚鵡の鳥つながり。
それらを混ぜ合わせると、こんなふうに。
「言葉が降りてきた」から
「書く意識を強く」へ。
最近思うことはである。

秋暑いとどのつまりの沖縄の

  秋暑いとどのつまりの沖縄の

最近の俳句の書き方は
結論というかすべてを言わないこと。
この句もその流れ。
しかし、方向ははっきり。
「なんとかしなきゃ」。
こんなテーマ性の強い作品は無視されるに違いない。

時間をつくって辺野古へ行きたい。

スプーンのくぼみのような秋の空

  スプーンのくぼみのような秋の空

秋空を眺めていると素直になれます。
素直というか
邪念がなくなるという感じかな?
そうすると、こんな句が書けました。
似合わないと思いつつ
きわどくないと気にしつつ
今回だけ!と発表します。

坊さんのアタマの後ろ夕焼けの

坊さんのアタマの後ろ夕焼けの

最近心がけていることは
五七五のあとに七七が続くという意識。
いままではどちらかといえば
最初の五に還ってくるような意識だったので
個人の志向としては相当に違っている。

この句は技術的には「の」を多用している。
それは五七五での「途切れ感」を
救いたいという意識からのもの。