象と空

見た目

作品ができない。
不調が続いている。
このどうしようもない具合から
脱出しようと、真剣に遊んでいる。

 凩や足がなくても凧は飛ぶ

「凩」と「凧」なんとなく
ビジュアルの似た漢字。
むりやりくっつけて作品にした。

こんな遊びから佳作も生まれる?

スポンサーサイト

パロディ

柿をテーマにしたいと思って
いくつか書き始めた。
しかし、どうしても
子規の「柿食えば」と芭蕉の「隣の客」が
アタマの中を右往左往して
作品にならない。
で、思い切って
二つをくっつけちゃおう!と。

 柿食えば隣の客の咳ひとつ

これはパロディだろうな・・。

二つの試み

 老人をはしに立たせて木枯らしや

この作品で二つの実験をしてみた。
ひとつは「はし」。
仮名表記にした。
「橋」「と「端」。
よくあるダジャレ。
でも、この作品は「悪意」の表現(のつもり)。
老人を徹底して危険にさらす。
その意図から「橋」であり「端」なのだ。
仮名表記は意外に「言葉遊び」を
楽しく、助長してくれる。
これからもしばしばこの手はつかいたい。

二つめの実験は
切れ字の「や」を最後につけた。
俳句ではタブー。
しかし感嘆と切れの両方の役割をもたせるために
そうした。
こちらはまだ未完成。
少し加藤郁乎的?
もっと他の狙いもあるが、もう少しこなして
打ち出したい。

軽く

俳句が古くさくなるのは
格調とか伝統とか重んじてしまうから。
もっと軽く、気さくなのが
俳句なのではと・・・。
軽さや気さくさにはいろいろあるけれど
滑稽さもそのひとつ。
こんな作品はいかが?

 ごまパンをおばはんと聞き違え雪

モノからコトへ

 銀杏を割って世間が泣いている

モノの描写からコトの描写へ。

何気なく作品を書いているが
少し意識的に
きわめて初歩的なことだけれど、
モノが起こす事件、コトを
描くのもいいかな、と。

新しい言葉?

 秋うららうつぼの昼寝メイドカフェ

今日から11月。
今年も差し迫った?
いや、そんな感じがひとつもしない。
「春うらら」の気候によく似た
「秋うらら」という時間があるような。
厳密には「秋うらら」という言葉はない。

で、「秋うらら」を検索すると
「秋麗」という歌詞を見つけた。
「つんく♂」の作詞。

自由に新しい言葉をつくる。
これも詩としての俳句の役割ではなかろうか?